将来的に株式上場を目指している意欲的な会社は、会社設立後すぐにベンチャー・キャピタル等の第三者から出資を受けるケースがあります。これは、法的には増資という手続にあたります。もっとも、出資を受けるということは持株比率によっては会社の経営権を譲渡することも意味します。したがって、出資を受ける際には注意すべきことも多いといえます。今回は、ベンチャー・キャピタル等の第三者から出資を受ける手続や注意点について説明します。(文:松浦絢子弁護士/松浦綜合法律事務所)

1.増資とは

設立した会社が軌道に乗り始めて新たな投資のために資金が必要になったとき、どんな方法で資金調達が可能だと思う?
アンナ先輩
まずは銀行からお金を借りる方法がありそうだけど、返済を考えるとあまりたくさんは借りたくないなぁ。
さとし君
返済の必要が無い資金調達方法としては、株式を新たに発行して出資を受けるという方法がありますよ。
松浦弁護士
株式上場を目指しているベンチャー企業はベンチャー・キャピタルから出資を受けることも多いね。
マリオ教授

1-1.出資金の返還が必要ない

会社が資金調達する方法としては、大きく分けて融資と出資があります。融資は、その名のとおり金融機関などから借り入れを受ける資金調達方法で当然ながら返済の必要があります。これに対し、出資は第三者に会社の株式を発行する等の方法によって会社に出資をしてもらう資金調達方法です。これを、増資といいます。新規に株式を発行して出資金を得れば、会社の「資」本金が「増」えるというわけです。
融資と異なり会社が受け入れた出資金は出資者に返還する必要はありません。したがって、経営者としては融資による資金調達と比べると出資金を利用して大胆な事業拡大への投資ができるというメリットがあります。

1-2.ベンチャー・キャピタルによる投資

出資というと株式市場に上場している企業だけの話と思われるかもしれませんが、実際には成長性があり株式市場への上場(IPO)が期待できる企業に対してはベンチャー・キャピタルなどが積極的に出資しています。
ベンチャー・キャピタルは出資した会社が株式市場に上場した後、その会社の株式を売却すれることにより、出資額よりはるかに大きい利益を得ることができることに投資のメリットがあるのです。
その意味で、将来的に株式市場への上場を視野に入れている会社にとっては、ベンチャー・キャピタルとは目的が一致しますので、出資を受けることでベンチャー・キャピタルと二人三脚で経営にあたることも期待できます。実際に、ベンチャー・キャピタルの多くは、自社から役員を派遣することや経営相談に乗るなどの方法により、経営支援も行っています。

1-3.税額の増加に注意

増資により資本金額が増加することになります。各種の税制は資本金が基準になっていることが多く、例えば中小企業に対する優遇税制は資本金が増加することにより受けられなくなることがあります。このような税制上の影響については経営上重要であることから、事前に税理士などの専門家に相談することをおすすめします。

2.増資の方法

返済の必要がない出資を受ける方法は魅力的だね。
さとし君
出資を受けることを法律上の用語で増資といいます。
増資の方法としては、既存の株主に持株比率に応じて新しい株式を割り当てる株主割当増資と、第三者に割り当てる第三者割当増資という2つの方法があります。
松浦弁護士
ベンチャー・キャピタルから新たに出資を受けるなら第三者割当増資ということになるわね。
アンナ先輩
増資の方法としては、会社法上、株主割当増資と第三者割当増資という2種類の方法が定められています。このうち、株主割当増資とは、会社が新規に発行する株式を既存の株主にそれぞれの持株比率に応じて購入してもらう方法です。一方、第三者割当増資とは会社が新規に発行する株式を既存株主以外の第三者に購入してもらう方法です。
注意点として、株式割当増資では必ず既存株主の持株比率に応じた割当てをする必要があります。持株比率と異なる割当てをしたい場合には、第三者割当増資として扱われることになります。
ベンチャー・キャピタル等から出資を受ける場合には、第三者割当増資の方法をとることになります。ただし、後で詳しく説明しますが、第三者割当増資の場合には出資をする第三者が持株比率を有することになる結果、既存の株主の持株比率が相対的に低下することになります。会社の重要事項は原則として株主総会決議によって決定されますが、決議要件は株主の頭数ではなく持株数によって決まります。したがって、第三者割当増資による持株比率の低下は会社の重要事項に対する決定権が希釈される結果になる点に注意が必要です。

3.第三者割当増資の手続

実際に増資する場合の手続はやっぱり面倒なのかな。
さとし君
株式に関することは会社にとって重要な事項なので、会社法で細かく手続が決められていますよ。
松浦弁護士
株主割当増資か第三者割当増資かによっても多少手続が異なるわ。
アンナ先輩
増資が完了すると、資本金額など登記事項が変更となるから変更登記の申請手続も忘れずにしよう。
マリオ教授
増資をする際に必要な手続は、会社法に定められています。会社といっても規模はさまざまですが、ここでは設立して間もない会社の多くがそうである株式のすべてについて譲渡制限がある会社(非公開会社)を想定した手続を説明します。

3-1.募集株式の発行に関する事項を決定

株主総会決議によって新たに発行する株式の内容を定めます。ここで定める内容としては、発行する株式の数、金額、払込期日または払込期間、株式発行によって増加する資本金および資本準備金に関する事項などがあります。
なお、増資により発行する株式数は会社があらかじめ決定している発行可能株式総数の範囲内でなければできないのが原則です。もし、発行したい株式数が発行可能株式総数を超えるという場合には、集株式に関する事項とあわせて定款に定められた発行可能株式総数を増加する定款変更決議を行う必要があります。

3-2.申込予定者への通知および申込み

株式の募集に対して出資を予定している者に、決定された募集株式の発行に関する事項を通知します。これを受けて、出資を希望する者は会社に対し申し込みをします。

3-3.株式の割当ての決定・通知

申し込みをした出資希望者のうち誰に何株を割り当てるかを取締役会において決定します。この決定により株式を割り当てることが決まった出資希望者に対して、株式の割当てに関する事項を通知します。

3-4.出資者の払込み・登記申請

株式の割当てを受けた出資希望者が実際に払込みをすることにより出資が完了します。これにより登記事項である発行済株式総数および資本金額が増加しますので、変更登記の申請をします。

4.株主割当増資の手続

株主割当増資の場合、3-1.で説明した株主総会決議における募集事項の決定の際に既存株主に新規に発行する株式の割当てを受ける権利を与える旨、申込期日についても定める必要があります。
また、株主総会における募集事項の決定後、既存株主全員に対して原則として申込期日の2週間前までに募集事項、通知を受けた株主が割当てを受ける株式数、申込期日を通知する必要があります。

5.第三者から出資を受ける際の注意点

出資を受けられれば資金を自由に使って色々なことができそうだね!
さとし君
ところが、出資を受けることはいいことばかりではないわよ。
株式を持つということは経営権の一部を持つということだから、持株比率によっては経営権を譲渡する結果になりかねないことに注意が必要よ。
アンナ先輩
特に役員の選任や解任が可能となる過半数以上の持株比率をベンチャー・キャピタルなどの第三者に取得させることは基本的におすすめできません。
松浦弁護士
そのほかにも、ベンチャー・キャピタルと締結することのある投資契約の内容にも十分に注意する必要があるよ。
マリオ教授

5-1.第三者の持株比率によっては経営権に影響

第三者割当増資を行うと、ベンチャー・キャピタル等が新たに株主となります。この結果、既存株主の持株比率は低下します。
会社の重要事項は原則として株主総会において決定されるところ、株主総会の決議においては株主の頭数ではなく保有している株式数が基準となります。例えば、株主A(持株比率30%)と株主B(持株比率70%)がいて、ある決議事項について株主Aが賛成し株主Bが反対している場合、持株比率に応じて賛成30・反対70となり、株主Bの意向によりその決議事項は否決されることになります。
決議に必要な持株比率については、決議の内容ごとに法定されています。例えば、役員の選任や解任については、過半数の賛成が決議要件とされています。したがって、例えば、ベンチャー・キャピタルが第三者割当増資において持株比率の過半数を取得することは、役員の選任権・解任権をベンチャー・キャピタルに与えることを意味します。ベンチャー・キャピタルと経営陣の意向が一致している場合は問題が起きにくいですが、対立するようになった場合にはベンチャー・キャピタルの意向に沿わない経営者はたとえ創業者であったとしても会社から追い出される可能性があるという点は知っておかなければなりません。
したがって、第三者に株式を与える場合には、少なくとも過半数に満たない持株比率となるよう調整するべきです。

5-2.投資契約の内容をよく確認する

ベンチャー・キャピタルに対して第三者割当増資をする場合、投資契約書を締結することが通常です。投資契約書には出資に関すること以外に、会社の経営に対するベンチャー・キャピタルの関与に関する事項や今後、新たに株式を発行する際の制約などが定められていることがあります。経営支援など会社にとって利益となる内容であれば受け入れても良いことが多いといえますが、会社の経営や新たな株式発行を制約する内容である場合には、受け入れ可能であるかを慎重に判断する必要があります。あまりに制約が強い場合には、会社の経営権を譲渡するに等しい結果を招くおそれがあるためです。

5-3.払込金額が特に有利な金額である場合の手続

新規発行株式を出資する者の支払うべき金額が特に有利な金額である場合を有利発行といいます。株式上場していない会社の株式の価格は評価が難しいものの、例えば過去にも株式発行をしたことがある会社の場合には、その際の金額と乖離していれば有利発行とされる可能性があります。有利発行にあたる可能性がある場合には、株主総会において有利発行を行う理由を説明する必要があります。

6.会社設立後の増資については専門家に事前相談を

今回は会社設立の後に行うことのある増資について説明しました。会社の規模が順調に拡大していく中で増資を行う機会は意外と多いと思われます。増資については手続が厳格に法定されていますので、これを確実に行うことが重要です。また、増資は会計や税務にも関わりますので、増資を検討している場合には公認会計士や税理士、弁護士などの専門家にあらかじめ相談しておくことをおすすめします。どのような事務所に相談するべきかわからないという場合は、まずは本サイトの窓口へ問い合わせてみましょう。

著者情報
松浦絢子 弁護士
松浦綜合法律事務所代表。京都大学法学部、一橋大学法科大学院出身。東京弁護士会所属(登録番号49705)。
kuratomi