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最近では経費をほとんどかけずに始められるビジネスとしてYouTube動画の配信に取り組んでいる人が増えてきました。中には、会社を設立して事業としてYouTube動画を制作している人もいます。
YouTube動画の種類にはさまざまなものがありますが、街中で動画を撮影しながら建物や街並みを紹介するものも比較的よくみられます。街中でYouTube動画を撮影する際には通行人の映り込みがどうしても発生しますが、法的にどのような問題があるのか、通行人が映り込んだ場合の対処方法について説明します。
街中の通行人がYouTube動画に映り込むケースでは、その通行人の肖像権侵害が問題となります。肖像権とは、自分の容貌を他人に勝手に撮影されたり公表されたりしない権利であり、人であればだれでも有するものです。肖像権自体を定めた法律はありませんが裁判例の中で認められてきた権利であり、法的根拠は憲法で定められた幸福追求権に求められます。
なお、肖像権に似た権利としてパブリシティ権やプライバシー権があります。このうちパブリシティ権とは、被写体が芸能人などの有名人である場合にその有名人に認められる権利です。したがって、無名の一般人の動画への映り込みに関してはパブリシティ権の問題とはなりません。パブリシティ権は、有名人の名声などから生じる経済的利益を保護するものです。
例えば、街中でライブ演奏などをする有名人を無断で撮影しYouTubeで配信するような場合には、パブリシティ権侵害の問題が生じることがあります。なお、パブリシティ権侵害については、被写体となった有名人自体が持つ経済的な価値を「専ら」利用している場合にのみ違法となると考えられています。したがって、YouTube動画の背景に偶然有名人が映り込んでいたというだけであれば、パブリシティ権侵害とはならないでしょう。
一方、プライバシー権は肖像権と類似した権利です。自宅でくつろいでいる姿を隠し撮りした場合など一般的に他人に公開されることを望まないような態様の撮影をされた場合にプライバシー権侵害の問題となります。肖像権は街中など公の場での撮影であっても問題となることと比較すればプライバシー権侵害が成立する場面はより限定的といえます。
仮にYouTube動画が肖像権侵害とされた場合には、相手方に対して慰謝料を支払う必要があります。公道上など公の場で撮影されたものであればプライバシー権侵害は問題とならないので慰謝料の金額はそれほど高くはなく数十万円程度が慰謝料の相場となるでしょう。
判例上、肖像権侵害となるかは「被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の…人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものといえるかどうかを判断」することとされています。
具体的には、次のような場合には肖像権侵害となる可能性があります。
・被写体の容貌がはっきりわかるように大写ししている
・被写体を映すことについて公益的な目的がない
・被写体が異性と抱き合っているなど通常であれば他人に見られたくないような態様のものである
反対に、次のような場合には肖像権侵害とならない可能性が高いといえます。
・背景に小さく映り込んだに過ぎない場合
・顔がぼやけていて個人の特定が難しい場合
・不特定多数の通行人の中にまぎれて映っている場合
・写真や動画を公表した目的が社会の正当な関心事であり、公表方法も不当とは言えない場合
街中を歩く女性の写真を本人に無断で撮影して撮影者のWEBサイト上で公開した事例について、肖像権侵害にあたると判断され35万円の慰謝料が認められた裁判例があります。この事例で、裁判所が注目したのは以下の点でした。
・被写体となった女性は、胸に大きく「SEX」と書かれたデザインの服を着用していた
・被写体の全身像に焦点を絞り込み容貌を含めて大写しに撮影していた
・写真の一部にたまたま映り込んだ場合や不特定多数の者の姿を全体的に撮影した場合ではない
裁判所は、上記のような態様の撮影は被写体が心理的負担を覚えるものであり、写真を撮影されたりWEBサイト上で公開されたりすることを被写体となった女性は望まないであろうことを認定し、肖像権侵害にあたると結論付けました。
街中でYouTube動画を撮影するとき背景に通行人が映り込むことは当然に想定されます。このような映り込みがすべて問題になるわけではなく、あくまでも撮影の手法や映り込みの程度によるといえます。
具体的には、その通行人だけに特にフォーカスして撮影するようなものだと肖像権侵害となる可能性があります。他方、映り込んだ通行人が小さいとかぼやけていて顔がはっきり見えないような状態であれば個人を特定することが困難であるため肖像権侵害となることはないでしょう。
したがって、撮影の際には背景に通行人が映り込むことはやむを得ないとしても、なるべく大きく映らないように撮影場所や撮影方法に気を付けることが大切です。万が一、後から通行人の顔がはっきり映り込んでしまったことがわかった場合には、クレームを避ける意味でも背景をぼかすなどの加工をしておくことが安全です。
今回は、街中でYouTube動画を撮影するときの通行人の映り込みについて説明しました。YouTube動画については肖像権のほか著作権などもよく問題になります。このあたりの権利関係は非常に複雑であることに加え、万が一他人の権利を侵害しているとなればYouTubeから動画削除やアカウント凍結のペナルティを受けるリスクもあります。このように会社設立後はさまざまな場面で適法性を確認しなければならないことが出てきます。そこで、会社設立前から何かあったら相談できるよう税理士や司法書士、社労士などの専門家も探しておくことをおすすめします。